ムコ殿の転勤を機に始まった、長女の鎮西暮らしが8年めに突入。

元来 環境の変化に強いタイプ。すぐに地元に馴染んで、友人知人も増え、必要以上に元気なキッズにも恵まれ、土日は九州各地を家族で観光したりと、それなりに充実した年月を過ごしていたんだけど…

長くても5年で東京に戻れる(もしくは次の任地)でしょ~、のはずが、6年経ち、7年過ぎーー
加えてコロナ禍で、会社全体で社員の異動がストップ。
辞令は寝て待つしか…

一方。
義父母が (這う這うのテイで)施設入所後、オットの実家は2年以上ずっと留守宅のまま。ワタシたちが毎月2回ペースで寄ってはいても、人の棲まない家は傷む、維持費もかかる。でも義父のプロパティゆえ、存命中に勝手に貸したり処分したりできないし。。。
そんな月日の流れの中。

現在はほぼ寝たきり入院中の義父なれど、もっと元気で 面会も出来たころ、長女たちに「東京本社復帰の暁(笑)には、住んだらどう?」と言ってくれていた。義父としても、自分の目の黒いうちに赤の他人に貸したり、売却されるよりも、孫やヒ孫たちに使ってもらえる方が本望なのだろう。
東京に戻れるとなると、ムコ殿の年齢的にも、キッズ(特にポク)のラン活(ランドセル活動=小学校入学)的にも、中長期に渡って落ち着ける住まいを決めなくてはならない。
義父母が実家を建て直したのは16年ほど前、施工もスウェーデンハウスなので構造や機能も十分に現役物件。とてもありがたいオファー。
がー
…異動の気配が…
来たっ?!
やっとこさ、東京から召喚のお声が。

『もう九州はお腹いっぱいだわっ』と言いつつも、仲良しキッズとママ友たちとの別れだけはツライまぁま(=長女)。

それはポクだって、あたちだって同じ😢
・・・・・・
さぁ、断捨離、荷造り、段取り。
編入先の幼稚園も選定、引っ越しスケジュールも決定。

しかし、なのよ。
オットの実家、留守宅になったと同時に大胆な片付けは決行したものの、実際に誰かが住むとなると まだまだ不要なブツがわんさか:家具家電絵画置物衣類…そう、義母は『捨てない』タイプだったので、年代モノ、使わ(え)ないモノが次から次へと。
キッズたちの1学期が終わるまで、住人本人たちは居ない。他人に貸すなら不動産屋に丸投げ出来るけれど…
やっぱワタシ&オットか。。。
可処分品は便利屋さんに搬出してもらった
実家の片付けって、たまぁに興味深いモノが発見される。
義父がシカゴ駐在時代に乗っていたクルマのナンバープレート。
半世紀以上前の年代物。

身長115センチ頃のオット、とそのパスポート(笑)

マニア垂涎(らしいけどワタシには全くわからぬ)、1960~70年代マッチボックス製ミニカー、トランジスタラジオ、オランダの木靴(当時のオット足サイズ)。

そして個人的に最もジワったのがこれ、新入社員時代のオット。
野心に満ちた瞳

今より20キロ以上スリムなスーツ姿


こーゆーの、捨てるかどうか迷ったあげく またクローゼット戻され、次に発見した娘や孫たちが困る。。。いや、ドライに即廃棄かな。
さっ、片付け続行。

写真で見るとわりとキレイに見えるけど、ハウスダストとの闘いは壮絶。
ダイニング周りの汚れてた壁面は内装工事。

トイレと洗面台も交換、洗濯機も新調。

エアコンクリーニング、キッチン、バスルームはプロに依頼。
鏡のようなピッカピカが戻ったコンロ✨

モサモサ状態だった庭をなんとかして~、と植木屋さんにも出動要請。

車庫スペースが広がり、もう1台駐車可能に。お庭プールも出来るね。

そしてベランダとウッドデッキ、これが結構大がかり。
木を張り替えて塗装し直し。

気軽に「住んだらいいじゃん」「それいいね」・・・んなノリで始まったはずが、もう、ちょっとした一大リフォーム・プロジェクト。
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お義父さん、お義母さんーーー
お二人が静かに暮らしていたお家、孫たちの新たな成長拠点として大切に使いますね。
なんだかとっても騒がしくなりそうですが。

おまけ nipotini (& gatto) 。
「百合ヶ丘のみなさぁん、よろしくお願いしますですわ」
空路も海路も経由することなく射程距離に配備されてしまったウェポンズ。どうか、お手柔らかに。

「あ、ども。オレも本土復帰します」