春の終わりに救急搬送されて入院加療が続いていた義父。
その経緯についてはこちら
病棟から臨む江ノ島沖で、オリンピックのセーリング競技が始まった頃、その生涯を閉じました、91歳。

最晩年は 慢性閉塞性肺疾患とパーキンソン病と共存する日々。
じわじわと衰えてゆく体力と気力…
結局、誤嚥性肺炎に負けてしまいました。
江ノ島と富士山、"since1911" の診察券
物静かで呵々大笑するのは見たことがないし、他人を誹毀するようなこともありませんでした。
一方で、歳を重ねても向学心と知識欲は衰えることなく、一緒に旅をすると、所縁の人物や地名の謂れや土地の名産品etc... 矢継ぎ早に質問が飛んできたものでした。
そして納得行く答えが得られないと明らかに失望されるので、義父と出かけたり長時間を過ごす前には、想定されるテーマについて予習するようになりましたよ(笑)
義父のキャラがよく表れた施設入所までの経緯はこちら
代表的な趣味は囲碁とゴルフ、出身地である名古屋系こってり甘辛味とお肉料理が好きだったことは周知でしたが、それ以外はあまり自分のことを語りませんでした。
そんな義父に生前、はっきりと頼まれたことといえば「僕が亡くなったら、通っている教会でお別れ会をして欲しい」ということ。
義母は無宗教。
義父だけで毎週、自宅から歩いて行ける距離の教会に通っていたことだけは知っていました。
ですが、それ以上のことは伝えられないまま亡くなり、お別れ会(=葬儀)の打ち合わせに際し初めてその教会の場所とバプテスト系列であることを知り、牧師さんとも初めてお目にかかった次第。
キリスト教での死は現世での死ですから、蘇ることを前提としているため、"お葬式"ではなく"礼拝"として執り行われます。
牧師さんと打ち合わせをしていく中で、オットもワタシも全く知らなかった義父の側面を知りました。
19歳(おそらく大学進学で上京した年)で既に受洗していたこと、それほど人付き合いが得意ではなかったはずなのに多くの教会仲間がいて(特にオバ様たちの)人気者であったこと、発展途上国援助に協力していたこと、お気に入りの讃美歌があったこと…。

棺の上には、愛用の聖書と讃美歌集。お疲れ様でした。

昨年末に義母を送ってからわずかに半年余り。
快活・饒舌、全てに一刀両断タイプだった義母とは対照的だった義父。
日常生活でも、お互いの趣味嗜好を尊重して譲らないライフスタイルだったけれどーーー
いざ遠く離れてみたら寂しかったかもしれません。
You two are made for each other.
